TOKUSHIMA UNIVERSITY Digital Fabrication PROJECT
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“ものづくり”のメイク

浄瑠璃人形の頭をスキャンするということ

3Dプリンターで人形を製作するためには、その人形の形状(3D)データが必要です。3Dデータを用意する方法は、3D-CAD を用いてコンピューター上で手を動かして3Dデータをつくる方法・3Dスキャナーを用いて実物を計測して3Dデータにする方法があります。

浄瑠璃人形は繊細で多様な曲線表現が施されていることから、3D-CADを用いて再現しようとすると非常に高い技術力と時間、費用がかかります。徳島には浄瑠璃人形が公に保管されているものだけでも260体以上あると言われていますが、その全てをこの手法でアーカイブ化することは困難と言えるでしょう。

そこで私たちは浄瑠璃人形で特に繊細な表現の施されている頭について3Dスキャナーを用いた3Dデータ化を試みることにしました。災害などによる消失リスクがある中で、古くから引き継がれてきた貴重な人形の多くをできるだけ安価にデータとして保存し救うこと、そしてその洗練された意匠に現代の人々が触れられる機会をできる限り増やし、新たな創作の力としていくことのできる計測技術を開発しています。

一方、3Dスキャナーを用いることでの技術的課題もあります。例えば、私たちの用いる3Dスキャナーは黒色部分の計測ができないという欠点があります。そのため髪の毛のある後頭部の輪郭や、眉、瞳、口などは光が吸収されて計測できずに3Dデータに穴が空きます。3Dプリンターで出力できるようにするためにはこれらの穴を補正し塞ぐ必要がありますが、穴を補正するアルゴリズムは、実際の人形の曲線を正確に再現できるまでに至らず、凹凸の薄い形状に変形してしまいます。そのため、私たちが3Dデータ化に取り組んだ「お七」と「お鶴」は、どちらも地元の技術者の力をお借りして、3D-CADを用いて手作業でデータの一部を補正していただくという一手間をを加えています。

このように、3Dスキャナーを用いた浄瑠璃人形の3Dデータ化は、現時点ではまだ技術的な課題の残る未完成の手法です。しかし私たちは、多くの人の試行錯誤と熱意により、お七とお鶴という2体の人形の3Dデータを完成させることができました。これは技術革新の先に待つ自動化への大きな前進と言えると思います。来るべき未来に向けて、この手法のアップデートを続けていきたいと思います。

目に見えない仕掛けの再現

浄瑠璃人形の頭の内部には、秘められた「からくり」の世界が広がっています。からくりは作られた後、頭をぴったりと閉じて仕上げに胡粉で塗り固めるので、直に見たくても頭を割らない限り見ることができない、隠された作りになっているのです。頭を上下に動かしたり、目や口を動かし、ダイナミックに表情をつくる「からくり」。しかし、頭の内部は3Dスキャナーでは計測ができません。これを3Dデータ化することが私たちの2つ目のミッションでした。

2作目の人形「お鶴」のデータを作るにあたり、私たちは顔を上下に向けて動かすからくりを入れることに挑戦しました。
まずはどうにか頭の中を一目みようと医療用CT装置で撮影したところ、浄瑠璃人形の髪を留めているクギがピカっと反応して真っ白に。現代の技術をも阻む結果となりました。

そこで私たちは、現役の人形師の方にからくりを観察できる特別な木偶を作っていただき、仕組みの理解に役立てました。このからくりは元々、頭の内部を空洞化して鯨の髭のバネと紐を仕込み、竹ひごを回転軸として通して動かす仕組みであると教わりました。そのため3Dデータを制作する上では、現在において手に入りやすい安価な素材を用いながら、頭の動きをできる限り正確に再現できる独自の構造を3D-CADで設計しました。例えば鯨の髭はアクリル板、竹ひごはアルミパイプを用いています。また、伝統的な人形は、からくりを仕込んだ後に、胡粉を塗ることで頭の内部にはアクセスできなくなりますが、この人形は中のカラクリが故障しても自分で修理が行えるように、後頭部をネジ留めで固定しいつでも開られるようにしました。

カラクリの動きは、人形遣いの方々にも試していただき、調整しながら仕上げています。この「お鶴」の顔を上下に動かすカラクリの完成形は、今後つくる様々な人形へのカラクリとしても埋め込める汎用性の高いデータとすることができました。今後さらなるからくりの解析を進め、カラクリ3Dデータのバリエーションを増やしていく予定です。

遣える人形を目指して

私たちがつくる浄瑠璃人形の3Dデータは、正確にスキャンし保存することがゴールではなく、そのデータを使って作り手が3Dプリンターで出力して人形をつくり、その人形を遣って楽しめることが重要だと考えています。しかし3Dプリンターで出力される積層されたプラスチックは、従来、浄瑠璃人形の素材として使われていた木よりも驚くほど強度がありませんでした。人形遣いが演技を始めると、力のかかる部分があっという間に折れてしまい、安心して演技することがままならない状況が続きました。

そこで私たちは遣える人形とするべく、3Dデータと人形の構造を見直すことにしました。特に心串(首の下に付いているカシラ操作の芯となる棒)と差金(人形の手を操作するための細い棒)は、木で作られた実物の太さに合わせて作るだけでは強度が足りないことが、人形遣いの方々の操作の協力により見えてきました。そのため、これらのプラスチックの中にアルミパイプを通して補強できるつくりへと改良しています。

浄瑠璃人形の手も製作に工夫が必要でした。他の部位と比べて可動部が多く細かなパーツに分かれていることから、3Dスキャンでデータを作ることが難しい部材でした。そのため、お七とお鶴の手は、木の浄瑠璃人形の手を定規等で計測しながら、3D-CAD にてデータ化しました。計測した形状データをパーツ毎に分解し、3Dプリンターで出力、その後、組み立てる方式としています。掌を曲げたり広げたりする関節部分は、本来は皮でつないでいますが、3Dデータの設計では、手の表側と裏側とでパーツを分け、布を挟み込み接着剤で止めることで、動きを再現できるようにしました。

心串や差金、手足など人形の操作に密接に関わる3Dデータは、個々の人形のサイズや操作する人の手の大きさなどに合わせて出力することで、多岐に応用することが可能です。人形遣いの方と操作性を考えながら設計できたことで、遣いやすい人形に一歩近づけることができたと思います。

アーカイビングの可能性

データで現存する貴重なものをアーカイビングする可能性は、浄瑠璃人形の頭に留まらず、人形の着物にも伝搬していきました。お七の着物に使われている「段鹿の子」の生地は最近では希少になり手に入らないとのことで、日本で3台しかないという大判布プリンターを保有するTechShop Tokyoにご協力いただけるようになりました。お七やお鶴の着物の柄の一部をイメージスキャナで撮影した上で、白い布に印刷(染織)して生地を作り、そこから着物を仕立て上げています。このように希少な着物についても、先端技術によって保存し再現する意義を示すことができたと思います。

これまでお七とお鶴人形の3Dデータ化に取り組んできましたが、さらにその活用の兆しが見えたのは、初くん人形が生まれた時でした。初くん人形は、徳島大学生が執筆した「大学生A」という小説に出てくる主人公をモデルにした人形です。徳島大学生たちが集まって結成した創作人形浄瑠璃に取り組むクラブ「A.BA座」で、学生たちがお鶴人形の3Dデータを骨格として用い、データを改変して現代の男子大学生人形の3Dデータを創作しました。このように、かつて古くに職人が木彫りでつくった人形が、現代の若者の創作にインスピレーションを与える3Dデータとして活用される。そんな世界がやってきています。

PROJECT MEMBERS CREDIT

お七 -oshichi-

  • [カシラ3Dデータ]浮田浩行(徳島大学)・(有)赤沢製作所
  • [胴手足3Dデータ]浮田浩行(徳島大学)・河野太樹(徳島大学A.BA座)
  • [衣装]寺本なおみ(NMWorks)・TechShop Tokyo
  • [制作助言・着付け]勘緑(木偶舎)

お鶴 -otsuru-

  • [カシラ3Dデータ]浮田浩行(徳島大学)・(有)赤沢製作所
  • [胴手足3Dデータ]河野太樹(徳島大学)
  • [衣装]寺本なおみ(NMWorks)・TechShop Tokyo
  • [制作助言・着付け]勘緑(木偶舎)

初くん -hajimekun-

  • [カシラ3Dデータ]河野太樹(徳島大学A.BA座)・河野あさな(徳島大学A.BA座)
  • [胴手足3Dデータ]河野太樹(徳島大学A.BA座)
  • [制作助言・着付け]勘緑(木偶舎)